碧い涙の砂時計 番外編
孤塁の街
written by 羅紗
青い空を隠す、灰色でにじんだ雲。
今にも水の粒が落ちてきて、霧が辺りを覆い隠す気配が迫ってきていた。
その下に跪く、建物が中心の小さな街は殺風景で閑散としている。
――街の端で何かの波動が、動く。
気が歪み、ピリピリとした静電気が周囲に続いた。
砂が踊る、年月を重ねたレンガ造りの道で――
何もない空間を青白い閃光が切り裂く。
目を射ない光が強く照らした後、静かに弱めていく。
大きく斜めに獣の爪で引き裂いたような裂け目。それは、空間を破っていた。
漏れる青白い光がゆらゆらと揺れている。
裂け目から黒い手が覗いた。つかの間、目の前に人の形をした影が現れた。導かれるように、もう一人も現れる。すると、青白く放つ裂け目が掻き消えた。
黒く纏った二人は、一色に包まれた暗い街と反比例するかのように、色付けされていく。
――本来の二人の姿に戻るのだ。
少女と頭一つ分大きい少年――
16歳くらい少女は、全体が肩までのびる艶やかな漆黒の髪。だが、左のサイドが一部茶髪で編みこみした特徴を持っていた。長い睫毛から覗く、一見、黒と間違える深いダークブルーの瞳。眉をひそめ、街の様子に目を走らせていた。
少女の隣で。真っ直ぐ動じない少年は、思わず息を飲むほど、天使に祝福を受けたような面立ちだ。青く輝く宝石の瞳に、世界の銀を集めても見劣りしない銀糸は繊細でシャラシャラ奏でる極上の髪――。美貌という言葉だけでは言い尽くせないほど美しいのに、取り巻く鋭利な印象が彼をなお引き立たせていた。
「ロイド……ここは?」
少女が隣の少年にたずねた。
声が聞こえなかったのか、一直線に街を突き進む道の先――暗闇を見つめたまま、応えようとしない。
街にはびこる腐ったような匂いが風によって運ばれてきていた。
ロイドと呼ばれた少年は、彼女を置いて歩き出す。――しかし、数歩進んだ先で足を止めた。
後について行こうとしていた少女の一歩はやり場がなくなる。中途半端に地面についた。
「別の場所へ飛んできた、か」
「……え?」
一人ごちたと思えた言葉の意味に、二の句が継げなくなる。
(ここは死の街――)
導き出された答えがロイドをめぐる。
世界のどこかに現存するだろうと思われた街はいつからか噂が広がるが、誰も見た者がいなかった。本当に存在するのかさえ分からず、信じていない者も多い。
しかし、目の前の街は、人も動物も精霊さえもいない。死を迎えた街としか二人の目には映らなかった。
まさに、噂に聞く街だとロイドは思った。
少女が辺りを見回すと。歩道の上で風に吹かれ、ページがめくれ続ける本を見つけた。
好奇心に駆られ、瞳が吸い寄せられていく。
胸の前で拳を握り締める。おどおどと本へ足をのばす。
背後で空気が動き、すかさずロイドが振り返る。
「――カナタ!」
むやみに動くな、と少女に諌める。
引き寄せられるかのように、奏多は本を手にする。
――古びて汚れを被った本だった。
黒のインクで綴られていた煤けたページは、何か黒い染みが点々と付いている。
街灯もなく薄暗い中では、何の染みなのか予想すら困難だった。
めくっても永遠に文字だけの本。奏多には読めない文字。だけど、手は本を離さない。
奏多の様子がおかしい、と思ったロイドは肩越しに覗き見る。
「――!」
(まさか)
突然、奏多から本を奪い取り、遠くへ放り投げた。
奏多は我に返る。
「何するの!?」
「あれは禁呪の本だ!」
「禁呪――?」
高ぶった剣幕は聞き慣れない言葉に触れて消失した。
ロイドは珍しく取り乱した自分に気づくと、息を整え落ち着ける。
「……世界には禁じられた呪文がいくつかある。その一つが、あの本に書かれてあった」
そう言うと、ロイドは投げられた本をひたと見据える。奏多も目線を追って目を向けた。
「禁じられた呪文って……唱えると、どうなるの?」
この先を知りたくない衝動に駆られて、声が震える。が、好奇心が勝って口をすべらせてしまう。
「使う分には問題ない……。ただ……」
「ただ……?」
ロイドの沈黙が痛かった。
聞かない方が良かったかな、と後悔し始め、背中に冷たい汗が流れた。
「――反動で身体が耐え切れず、むごい壊れ方をし、生きてはいられない」
奏多はくるっと本に背を向けた。
それ以上、詳しく聞き返せなかった。
どういう事になるか、なんとなく分かって寒気が走る。
よくよく街を眺めてみれば、本の文字と似た文字が溢れかえっている。
なぜ、そんな禁じられた言葉が世界に存在しているのかは分からない。
分かりたくもなかった。
湿って淀む街の空気に、奏多の身体が震える。
ここにいては、いけない――――
「ロイド、ここにいたくない」
怯えた声で弱音を吐く奏多を初めて耳にしたロイドは、本から目を離した。奏多を見なくとも、動揺が伝わってくる。
分かった、と呟くと、街の気を飲み込むほど青く輝く剣が手に出現した。
剣を目の前に立て、二本指を刃にそえる。
微かに唱える言葉に共鳴し、剣の光が淡く点滅を繰り返す。
足元から二人を囲んで風が巻き上がり、天に向かって渦巻いていく。漆黒の髪と銀髪が重力に逆らい舞っていた。
刹那、二人の姿は掻き消える。
舞い上がった砂が静かにそっと沈む――
しばらくして、こらえていた水の粒が落ちてきた。
水で埋める勢いで降る雨は、誘われた霧と共に、死の街を覆い隠す――
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| 本編情報 |
| 作品名 |
碧い涙の砂時計
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| 作者名 |
羅紗(らさ)
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| 掲載サイト |
水平線への鍵
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| 注意事項 |
年齢制限なし
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性別注意事項なし
/
表現注意事項なし
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連載中
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| 紹介 |
奏多は突然、異世界へと足を踏み入れた。
出逢う人々、世界、そして運命に導かれ、次第に巻き込まれていく。今まさに古代から続く縁(えにし)の火蓋が切って落とされた――
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